メキシコ(3) 慣れてくりゃケンカもするさ
(続き)
「飲んで~、飲んで~、飲まれて~、飲んで~♪」
を地でいく、ぐうたらな日々は続く。
先に帰国したメーちゃんは、最後まで後ろ髪引かれるように、空港へのシャトルが来るギリギリまでホテルのロビーをうろついていた。
滞在も後半戦になると、最初の頃の興奮も冷め、この女王様のような日々にすっかり慣れてくる。
旅行に行くと、「その人の本性が出る」そして、「人間関係が壊れやすい」とよく言うが、私たちの場合はお互いに慣れすぎて、お互いを思いやる気持ちが薄れていっていたんだと思う。
この旅行中、割と派手にナッちゃんとケンカした。
その日、バーから少し離れたビーチのデッキチェアで相変わらず、まったりとしていた二人。
ナッちゃん、私、バーにおかわりしに行くけど、なんか欲しい?
「ああ、じゃあ、今日のスペシャルドリンクお願い。でも、それに入ってる**が嫌いだから、代わりに**にしてもらってくれる?」
了解。
お待たせ〜。
「、、、ちょ、これじゃないんだけど、頼んだの」
意志の疎通に間違いがあったらしい。ナッちゃん、思いっきり不機嫌。
しかし、私にしてみりゃ、どうせ飲み放題のドリンクだし、また頼めばいいことだろうし、バーなんてすぐそこにあるんだし、「なんでそんな不機嫌?」ってなもんで。
じゃいいよ、それ私が飲むから。自分で行ってきなよ、と私も不機嫌になる。結局、そのドリンクはナッちゃんが飲んだんだけど、私も気分悪いから、「ちょっと別の場所に移るわ」と自分のドリンクを持って、場所移動。
なーに、あの態度、、。
プンスカ。
平和主義で争いごとが嫌いな私でも、ひとりでいるのが非常に好きなたちでもあるので、他人と長い期間を過ごすとイライラしがちになる。
しかし、しばらくひとりで過ごした後は気分も落ち着き、再びナッちゃんと合流。
すると、ナッちゃん、「さっきはごめん。態度悪かったのもわかってるし、たいした事じゃないのに騒ぎすぎた」と、半分キレながら謝ってきた。
、、、なんか、かわユス。
若干吹き出しそうになりつつも、
いいよ、いいよ、私ももっとちゃんと確認しとけばよかったよね。
と、仲直り。
ナッちゃんにしてみても、英語がままならない人とずっと一緒っていうのは、ストレスあったんだと思う。
その後は、仲良くビーチのバーへ移動。ちょうどバーのマネージャーみたいな人が来ていて、一緒に飲んだ。
バーテンダーの若い男の子はあまり英語が得意じゃないらしく、私たちに向かって何かにこやかにスペイン語で話かけてくれるのだが、さっぱり理解できない私たち。
見かねたマネージャーの人が通訳してくれた。
サクッと私のことを指さして、
「赤ちゃんみたいにみえる、年取った人って言ってるよ」
と。
、、、はい?
引き続き満面の笑みのメキシカン二人。
爆笑のナッちゃん。
そうですか。
そうですね。
みんなに若い若いって言われて、ちょっと、調子にのってたね、私。
言葉の壁を乗り越えてまで、現実を教えてくれたメキシコボーイに、グラシアス!
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メキシコ(2) アクアビクス、揺らめく腕毛
(続き)
ルールを決めた。
『アルコールを飲むのは正午を過ぎてから』
怖いのよ。
飲み放題、朝から晩まで、頼めばいつでも持ってきてくれる、アル中即日製造システム。
私は他の二人ほどは飲めないんだけど、ちびちびちびちび一日中飲んでいる事にかわりにはない。しかも毎日、本読みながらグダグダしているだけなので、さすがにこれはいかんと思い、ナッちゃんと私はホテル主催のアクアビクスに参加する事に。
メーちゃんは滞在期間が限られているので、そんなヒマはないらしく、プールサイドで、トロピカルカラーの飲み物を片手に読書を続行。
時間になり、こんがりマッチョなブルーノマーズ似のお兄さんの掛け声の元、プールの中央に集められる参加者たち。
「いかん、、、つま先立ってギリギリ足がつく深さだ」
*証拠写真。後ろのおばちゃんはしっかり肩が出ている。
すでにギブアップの気分になるも、ナッちゃんが「頑張れ」言うのでなんとか踏みとどまる。
音楽が流れ、ブルーノに合わせて、腕を振り上げたり、キックしたり。
水面に顔がギリギリ出ているだけの私は、周囲の人が起す水しぶきに溺れそうになるも、なんとかついていく。
水しぶき越しに、ナッちゃんが笑いをこらえているのが垣間見える。
くそっ。
なんとか終わりまでこなし、最後にブルーノが参加者全員中央に輪を作るように立つように指示する。
ゆらゆらと20名ほどの参加者が近づいて丸く輪になる。
「知り合い同士が隣合わせにならないように」との事で、デブのおばちゃん→ナッちゃん→背の高いおっさん→私→背の低いデブのおっちゃん、の並びになる。
ブルーノは続ける。
「OK。じゃ、隣の人と腕を組んで輪を作って!」
えええ。
知らないおっさんと、腕組むってとっても嫌なんですけど。しかしブルーノがそう言うので、しぶしぶつま先立ちのまま歩み寄り隣のおっさんと腕を組む。
(見た目は)若い部類だったせいか、ブルーノが私とナッちゃんの間にいるおっさんに、「ラッキーだったなそこ!」と言う。おっさんは「イェーイ」とガッツポーズ。ひきつった笑顔でそれに答える私たち。
ブルーノは続ける。
「今日ここで見知らぬ他人が一緒になって何かをやり遂げました。この偶然の出会いを、うんぬんかんぬん、、」
ブルーノがなんかいい事言っている。
言っているんだが、私は水中で揺らめく両隣のおっさんの腕毛が水草のように私の腕にゆらゆら当たって、ブルーノの話にまったく集中できない。
アジア人のごっつい腕毛と違って、欧米人仕様のほっそい毛がたっくさん、極細のモズクのように触れるか触れないかの絶妙なラインで水中でタッチしてくる。
平静を装うも、おっさん越しに、異変に気づいたナッちゃんがまたも必死で笑いをこらえているのが見える。
くそー。
「いいからブルーノ早よ終わらんかい!」と心で悪態つきながら、凍りついた笑顔でじっと終わりを待つ。
ようやく解放。
「ようがんばった、ようがんばった」と、ナッちゃんに肩を抱かれる。
その後、アクアビクスに参加することはなかった。
(↓続く)
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メキシコ(1) ウノ セルベーサ ポルファドール ( ビールをひとつください)
寒い。また暖かいメキシコ行きたい。
2016年の秋、ナッちゃんと私、いろいろやらなきゃいけないことが重なって、ストレスがたまりまくっていた。
なにか、ご褒美的な楽しい予定が欲しいねえ、と話す二人。
走る競走馬の目の前にぶら下がる、にんじん的な何かが。
まっ先に思いついたのは、年末、母国に帰省することだったけれど、時期的に足元みやがってチケットの値段がバカ高い。
泣く泣く却下。
あれこれ悩んだ末、冬でもあったかいメキシコで、オールインクルーシブ(飲み放題&食べ放題のパック旅行)に出ることに決定。
時を同じくして仕事のストレスがマックスになっていたメーちゃんも、地元に帰省する前に3日間だけ弾丸合流することに。
クリスマスの3日前、シアトル空港から、ビューンとメキシコはロスカボス空港にひとっ飛び。そして空港に降り立つとそこはもうトロピカル。出口を出たところには、屋外バーが設置されており、テーブルではホテルへのシャトルを待つ旅行客がすでに飲み始めている。
「私も!」と走り出しそうになるが、ホテルに着きさえすれば、飲み放題が待っている。みみっちい私は、グッと我慢。隣を見ると、同じ思いなんだろうか、ナッちゃんもメーちゃんも携帯をいじりながらじっとシャトルバスの到着を待っている。
バスに乗り込みホテル Secrets Puerto Los Cabos Golf & Spa Resort に着くと、チェックインの手続きを済ませるなり、部屋に荷物を放り込み即座にホテル内探索へ出かける。
良さげなプールサイドのシーフードレストランが見つかり、即ビールをオーダー。
「ウノ セルベーサ ポルファドール ( ビールをひとつください)」
つまみは、マグロの刺身とエビのカクテル。それから、メキシコに敬意を表しフィッシュタコス。
青い空とプールをバックに、冷たいビールとシーフード。マグロの刺身は刺身と言う名の、ただマグロの塊をスライスしただけのものだが新鮮で良し。エビのカクテルと、フィッシュタコスもピリ辛でビールにあう。
うーん、極楽ぅ。これが極楽でないなら、何が極楽だと言うのか。
「ウノ セルベーサ ポルファドール ( ビールをひとつください)」
「ウノ セルベーサ ポルファドール ( ビールをひとつください)」
「ウノ セルベーサ ポルファドール ( ビールをひとつください)」
連発。
出発前に、マーさんとTちゃんが、「これだけ知ってればOK!」と教えてくれた唯一のスペイン語。
ホテルではほとんどの人が英語喋るんだけど、これ言うと、「オオー」ってみんな笑顔になるので、ちょっと得意な気分になる。
そんなこんなで初日は終了。
(↓続く)
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英語をカタカナにしちゃってるから
ナッちゃんと私の合同誕生日会は、仮装&カラオケパーティに決定。
マーさん主催で、総勢20名位の参加者は、私らの頭文字のNかKで始まる何かに仮装して来なければならないとのお達しが。
日も迫ってきたことだし、ナッちゃんちの近くのパーティグッズ屋に下見に行こう!と、久しぶりにナッちゃんに会った。
「先に何か食べようか? この間行った、うちの近くのエチオピアン料理屋さん、なかなか良かったよ」とナッちゃん。
エチオピアン? 私、クスクス苦手なんだけど。
「クスク、、、?」
ほら、中東の(そもそもエチオピアは中東ではない)、ツブツブのパスタみたいなやつ。
「クスク、、、。ああ、Cousous!」
ああ、それそれ。なんて言うんだって?
「Couscous. (カスカスかコスコスに近い発音)」
、、、、。
パーティグッズショップについて、
わー、これどお? このチュチュ?
「???」
これこれ、このチュチュいいんじゃない?
「チュ、、、あああ、Tutu! (テューテューっぽい発音)!」
、、、、。
引き続きいろんなパーティグッズを品定めしていると、ナッちゃんが素敵な王冠を見つけた。
「見てみて、お揃いでこれいいんじゃない? これだと洋服何かな?」
やっぱ王様仕様ローブじゃん?
「ロ?ロ、何?」
ローブ?
「、、、ああ、Robe!」
あ、Rなのね。Lだと思ってた、、、。
日本語でさ、元は英語のものを無理やりカタカナにしちゃってるから、ワンクッション多くなっちゃうのよねー、頭の中の変換が。
例えば、
伝達(日本語)
↓
コミニケーション(まだ日本語、通じない)
↓
コミュニケーション(まだ日本語、通じない)
↓
Communication(やっと英語、通じる!)
みたいな?
いっそ、
動く(日本語)
↓
Move(英語)
の方が、頭切り替えやすい。
逆バージョンで、帰国子女の人が、英語訛りでカタカナを話すのもこれが原因なのではなかろうか?しかも、普段の生活で、クスクスだの、チュチュだの、日本でもカナダでもほとんど使ったことないし。プテラノドン(恐竜)が、実は英語でテラノドンだと息子に指摘された時以来の敗北感だよ。
「マミー、最初のPは発音しないんだよ」
そんな事言ったって、あんたの日本語版の恐竜図鑑にもプテラノドンって書いてあるじゃん!と、カタカナ読めない息子に詰め寄る母。
いつまでたっても泣かされるよねえ、英語。
*ナッちゃん渾身の仮装アイデア。
NではじめるNest=鳥の巣(ニワトリの帽子+羽のショールを合体)を頭にのせてる。
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宿題に泣かされる、それは母
「Equality-平等」
「Equity-公平」
「Reberation-解放」
それぞれの違いを述べよ。
そして、この中から自分が実際に経験した例をあげよ。
あるときは、
「Critical Thinking-批判的思考方法」とは?
例をあげよ。
娘の今週の英語の宿題。
ムズい。
ムズすぎる。
なのに、「マミー、宿題手伝って」ときたもんだ。おかあ、英語、母国語じゃないし、あんたの方がよっぽどネイティブだから。
「でも、何書いていいかわかんないーー」
娘、わからなすぎて軟体動物となり、椅子からズルズルとゆっくり落ちていく。何だろう、昔の自分をみているようで懐かしくもあり、はたまた通りがかりの第三者のように、なすすべもなく望観するだけの自分もいる。
おかあだって、わかんないっつーの。
しかし、母はひらめいた。ピコーン!
オンラインで提出だから、すでに提出した他の生徒の答えを見ることができる。ちょこっとどんな感じなのか様子をみてみようではないか。
いやあ、さっさと提出してるだけあって賢い子ちゃんたちなのだろう、どれも立派な解答で、ぐうの音も出ない。「子供のことだし、たいしたことなかろう」と、安心感を得る予定が、逆に焦りを感じる始末。
それでも、はるか昔は文学少女だった自分を思い出し、なんとか答えをひねり出す。
ただし、出てくるのは日本語、、、。
その出て来た日本語をどうにか英語に変換し、しかし、それを丸々使うのはさすがにまずいだろうと、アイデアとか組み立て方のみを娘にわかりやすく説明する。
が、
「そういうのいいから!まんまの答えちょうだい。文章にするのは私がやるんだから、それでいいじゃん!!」と逆上する娘。
そうは、いくかい。
なんども軟体動物化する娘を励ましながら、やっとのことで宿題終了。
すると今度は息子(小学4年生)が、待ちかねたように、「マミー、俺の宿題も手伝って」と。
、、、、、。
息子のクラスの宿題は、毎週、「自分で不思議に思うことをひとつピックアップして、その答えを見つける」というもの。
今までの息子のテーマは、「窒素」「バミューダトライアングル」「宇宙の始まり」など、理系寄りのテーマばっかりなので、毎度グーグル頼り。
今回のテーマは何よ?
「あのさ、ブランコする時、足で漕ぐじゃん。なぜ、足で漕ぐとブランコが高く上がるのかっていう事。前から不思議だったんだよねー」
、、、、、。
びっくり、1ミリもわからない。取っ掛りすらわからない。
とりあえず、グーグルで、『ブランコ、こぐ、なぜ』と入れて検索してみる。
なぜか、搾乳機の情報がいっぱいでてくる。
ならば動画で、どうだ?
愛らしい子供達のブランコの風景の動画ばかりで、一向にたどり着かない。
まずい。
しばらく検索し続けると、ようやくそれらしき動画を見つける。
息子と一緒に身始める。
やべ、何言ってるのか全然わからん。
ちらりと隣の息子に目をやると、真剣に見入っている。
動画が終わると、「ああ、だいたいわかった」と。
そこで、息子の説明をそのままにタイプ、それをプリントアウトして宿題終了。
危なかった。
よかった息子だけでも理解できて。
母さん、物理で100点満点中8点取ったことあるくらいだから、なんの手助けもできゃしない。
でも、クラスの平均点は7点で、物理の先生は泣いていた。
*ある日の娘の宿題。この文を読んだ感想を書きなさい。
感想の前に意味すらわからない。
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50歳の誕生日、自分をふりかえる
気がつけば半世紀。
50年も生きてくれば、それなりにいろいろあったんだけど、なにせ記憶が薄れていくばかりでしょうがないから、ダラダラと書き残しておこうと思いついた。
九州の田舎で育ち、なまじ小学校時代成績だけは良かったので、勉強するという概念が欠落したまま中学入学、あっという間に絵に描いたような落ちこぼれに。英語ももちろん例外でなく、今まで習ってきたローマ字との違いが理解できず、しょっぱなからつまづく。
それでもなんとか普通高校に入学、進路を文系にするも、相変わらず英語の成績が悪い。しかし、面談で担任の先生に、「今まで一度も外国人にあったことも、英語を必要としたこともないのに勉強する気になれない」と宣言し、無事放置される。
卒業後、東京の短大に滑り込むが、英語の授業で当てられるたびに、周囲の友人が何も言わずノートを差し出してくれ、「ここを読め」と教えてくれる程の劣等生に変わりなし。
どうにかこうにか短大も卒業し、英語とめでたくオサラバ。
と、思いきや、ある日唐突に東京を歩く外国人に目が行き、どういった人たちなのか興味が湧く。生まれてはじめて「あ、英語できたらいいかも」と思う。
その後、20代後半にもかかわらずアメリカに渡り、英語学校に行く計画を立てる。
ある程度資金を貯め、残るは父親の同意書のサインだけとなり、そのためだけに帰省。「いつも事後報告のお前だ、あらかたもう決まってるんだろう?」とすっかりお見通しの父親からサインをもらうと、とっとと帰京。
無事にカリフォルニアの英語学校に入り、その後、地元のコミュニティーカレッジに入学、コンピュータを専攻。日系企業でインターンを1年経験し、帰国。
外資系企業にて勤務。職場で元ダンナと出会い、結婚。娘と息子を授かる。
が、息子に身体障害があることが発覚。仕事と子育てと元ダンナの世話ですったもんだの毎日に疲れ、カナダに移住を決意。
無事、カナダに移住。
しかし、数年で離婚。
共同親権を持つことになり、自分の時間の半分を子供と過ごし、子供が元ダンナと過ごすもう半分の時間は、独身貴族を満喫するという夢のような二重生活が始まる。
そうこうするうち、元ダンナがまたも日本人と再婚。
現在は、再びコンピュータ関係の仕事につき、私の子供達にとっての異母兄弟に当たる赤ん坊も生まれ、たまに奥さんと交流を持ちつつ、引き続き『半分シングルマザー、半分独身』の日々を送る。
ざっとこんな感じの半生。
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